【筒香嘉智】日本の4番から世界の4番へ!筒香嘉智選手のメジャーリーガーまでの道のり

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ハマの4番、日本代表の4番、そしてメジャーリーガーにまで上り詰めた選手といえば筒香嘉智選手です。

2016年にはホームラン44本、110打点で打撃二冠王にも輝き、日本を代表する打者にまで成長をしました。

しかし、筒香嘉智選手ですが、実はここまでの結果を残すようになるまでは様々な試練がありました。

ここではそんな筒香嘉智選手の球歴や、メジャーリーガーになるまでの道のりを紹介していきたいと思います!

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筒香嘉智選手のプロフィール、経歴

筒香嘉智選手は1991年11月26日生まれ、和歌山県出身のプロ野球選手です。

筒香嘉智選手といえば、その珍しい苗字ですが筒香と書いて「つつごう」と読みます。

筒香という苗字は日本で3世帯程しかおらず、珍しい苗字がなぜか多いプロ野球選手の中でも、一際珍しい苗字となっています。

筒香嘉智選手は和歌山県出身ですが、高校は神奈川の名門横浜高校に進学をしています。

中学時代からアマチュアでは有名であった筒香嘉智選手のため、高校からの勧誘もたくさんありましたが、横浜高校出身の大スターである松坂大輔選手に憧れて、自ら横浜高校に連絡をしてセレクションを受けた上で入学をしました。

2009年の高校生ドラフトで横浜ベイスターズから1位指名をされ入団。

その後は二軍でキャリアを積んだ後、2014年ごろからレギュラーに定着。

2015年にはチームのキャプテン、そして2016年には上記の自身のキャリアハイの成績を収めて打撃二冠王。

2019年のオフシーズンにポスティング宣言による移籍でメジャーリーグのタンパベイ・レイズに入団します。

そしてメジャーリーグで迎えた2020年は、打率.197、本塁打8本、打点は26という成績を収めます。

筒香嘉智選手は実は遅咲き?

このように筒香嘉智選手は日本では順調にキャリアを積んでいたように思えますが、実はこれでもかなり遠回りをしていると言われています。

筒香嘉智選手は横浜高校時代からもドラフトの目玉、高卒でもすぐに通用すると言われていました。

しかし、それでも入団当初はすぐに結果を出せず、チャンスで凡退をすることが多かったことからファンにも呆れられていました。

今の筒香嘉智選手からは考えられないですね。

しかし、自身の努力によって徐々に一軍にも順応をしていき、2012年に横浜ベイスターズがDeNAに譲渡され就任され新監督に就任された中畑清監督によって、才能が開花します。

2015年には中畑監督は「筒香は4番で心中する」と言い放ち、全試合4番で起用。

翌年にはキャリアハイの成績を残し、球界を代表する打者にまで成長をします。

筒香嘉智選手はスイッチヒッター!?また背番号にまつわる珍しい話

筒香嘉智選手ですが今でこそ左打席一本で勝負をしていますが、実は入団当初はスイッチヒッターでの登録でした。

もともと右利きであり、高校時代からもスイッチヒッターで右打席でホームランも打っていたことからこその登録でしたが、プロに入って1年ほどで左打ちのみに専念をしています。

また筒香嘉智選手といえば背番号は25ですが、入団当初の背番号は55でした。

55はあの松井秀喜選手の背番号であり、チームからも松井選手のようなホームランバッターになってもらいたいという願いがあったのでしょうね。

しかし、1年目のオフシーズン、筒香嘉智選手は背番号を8に変更します。

そして、2年目のオフシーズンには、ベイスターズの4番を務めていた村田修一選手が巨人に移籍したこともあり、空いた25番に背番号を変更しました。

ですので、筒香嘉智選手は高卒入団3年で3つの背番号をつけるという珍しい記録?を持っています。

まとめ

筒香嘉智選手ですが、日本で結果を残し、今でこそメジャーリーガーですが、実はその道のりは順調とは言えませんでした。

しかし、自身の努力や様々な出会いによって、その才能を開花させたのですね。

メジャーリーグでの成績は正直なところあまり良いとは言えません。

しかし、自らの壁を何度も破ってきた筒香嘉智選手ならきっとメジャーリーグでも活躍をできるでしょう。

これからの筒香嘉智選手の活躍に期待して、応援をしていきましょう!

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