福岡ソフトバンクホークス

【砂川リチャード・ソフトバンクと支配下登録!】経歴や兄もスゴイと噂?西武・山川の教え子?

ソフトバンクは3月16日、砂川リチャード選手との支配下登録を発表しました。

「やっとプロ野球選手になれた。ここから頑張りたいと思います」と、会見で喜びを語ったリチャード選手。

背番号は元・ソフトバンクホークス、川崎宗則選手が付けていた「52」に決定しました。

今回はリチャード選手の経歴はもちろん、兄も海を渡ってメジャーに挑戦している?

西武・山川がバッテングの師匠?

など、今シーズン飛躍を誓うリチャード選手についてお伝えしていきます。

 

砂川リチャード選手の経歴

リチャード選手の経歴をご紹介します。

父は米軍で働くアメリカ人、母は日本人のハーフ。出身地は沖縄県中頭郡中城村で、現在20歳になります。高校は沖縄尚学で甲子園の出場はなし。

高校時代から長打力を武器に通算25本の本塁打を放っています。

2017年のドラ複会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成3巡目で指名を受けます。

支度金300万円、年俸360万円で契約を結び、入団当初の背番号は127。

2018年は3軍戦のみに出場。36試合に出て打率.159、1本塁打、12打点を記録。

2019年も主に3軍戦に出場。11本塁打、54打点と前年より成績を伸ばすと、リチャード選手はオフの台湾でのウインター・リーグで、飛躍のキッカケを掴みます。

3本塁打、17打点を記録し、本塁打は1位タイ、打点はリーグ2位の好成績を残しました。

2020年の春季キャンプでは、1軍メンバーに抜擢。

登録名を「砂川リチャード」からミドルネームの「リチャード」に変更。

紅白戦、オープン戦では3試合連続の本塁打を放ちアピール。

結果が認められ、3月16日に支配下登録選手になることが発表されました。

学生時代の目立った経歴はないものの、コツコツと実績を積み重ね、リチャード選手は見事に野球選手としてのスタートラインに立つことが出来ました。

兄も実はスゴイ人!

実は兄も野球選手です。

名前は砂川ジョセフ隆オブライエン。

兄は米メジャーリーグ、シアトル・マリナーズに入団しています。

北中城高校卒業後にアメリカに渡り、サザンネバタ大学では最速156キロを記録する投手で、パワーピッチャーとしてスカウトの目にとまり、2018年のMLBドラフト会議にてマリナーズから6巡目(全体178位)で指名を受けました。

ただ、入団後に試練が待ち受けます。

右肘の靱帯を断裂し、トミー・ジョン手術(靱帯再建手術)を受けることになってしまいました。

リハビリにほぼ時間が取られてしまいますが、兄のジョセフ選手はメンタルが強く、「人生1度きり。他の人に左右されず、やりたいことを夢中にやって自分を信じるだけですよ」。

続けて、「なんくるないさ~」と、沖縄の方言で「何とかなる!」の意味の言葉を使い、状況を前向きに捉えているようです。

しばらくは実戦での登板は先でしょうが、弟、兄ともに国を跨いで注目していきたい存在です!

西武・山川も期待の逸材!

「全然ダメ!野球やめたら?」

西武・山川選手がリチャード選手へ放った言葉。

でもこれは、ホントに辞めてほしいからではありません。

今年は山川選手の自主トレチームに参加して、一緒に汗を流しました。厳しい言葉をかけることもありますが、全ては期待しているからこそ。

「全然ダメです。毎日怒っています」と語るが、「まだまだいける!と思っている」と、リチャード選手の素質を感じているからこそ、強い言葉を浴びせていました。

そんな気にかけていた沖縄の後輩が支配下登録され、山川選手も嬉しいことでしょう。

山川、リチャードで将来はホームラン王争い…なんて想像すると楽しみが広がりますね!

まとめ

目立った経歴はないですが、コツコツと実績を積み重ね、見事に支配下登録を勝ち取ったリチャード選手。

兄も野球選手で海を渡り米メジャーリーガーに。

西武・山川選手から時には厳しい言葉も浴びましたが、自主トレでの指導が実り支配下へ!

スケールの大きい将来有望なリチャード選手を、今後も注目していきましょう!